首長に求められる自治体経営の能力、資質とは
政策ブックレット11 シリーズ・われわれの構造改革 6
住民自治は国民主権の基礎
(2003年4月「がんばろう、日本!」国民協議会刊掲載)
| 地方自治−改革への課題と挑戦 |
| 石川 良一 | ・ | 稲城市長 |
横並びを打破する人事評価、給与体系の改革
| 市役所の掲示板にも掲げていますが、職員の行動指針として「より公平性を高める」、「より透明性を高める」、「より競争性を高める」という三点をあげています。
私は三期、市長を務めてきましたが、そういった市政運営を目指してきました。 まず「公平性」ですが、市長に当選したからといって、私が一人で市政を運営するわけではありません。当然、職員の補助が必要です。そこでの公平性とはどういうことだろうかと、いろいろチェックしてみました。 残念ながら日本の公務員制度は、努力した人が評価されるという制度にはなっていないんですね。やってもやらなくても同じと。そのことによる非効率や組織の活力のなさが、公務員への信頼性を損なう大きな要因ではないかと思います。 そこでまず、職員の給与体系を職務給に移行させました。じつは多摩地域ではまだ、職務給になっていないところが少なくないんです。係長から課長、部長と昇格していくときに給与もそれに見合って上がるようにするのが職務給ですが、まだ完全年功序列というところがけっこうあるんです。しかも、稲城市では事務職と労務職とは給与表そのものを分けているんですが、まったく同じというところもかなりあります。ですから、管理職には管理職手当ては支給されますが、給与表そのものはほとんど同じ(本給は完全年功序列)ということになるわけです。 自治省からも、東京都を経由して是正すべしと言われているのですが、組合との関係もあって職務給に移行できていないところが、多摩地域にはかなりあるんです。 稲城市は完全な年功序列ではなかったのですが、まず給与体系を都の給与表に合わせました。都は一応、職務給の体系になっていますので。そして試験制度を導入して、試験で昇格していくラインと実績で昇格していくラインの二つのコースをつくりました。 さらに、これは全国でもはじめてではないかと思いますが、どれだけ努力したかでボーナスに差をつけるようにしました。ABCDの四ランクで評価して、A、Bについては上乗せし、Dランクの場合はカットする。これで職員の意欲を高めようということです。努力した人が報われるように。努力しなかった人には、あなたの評価はこういうことですよと、本人に開示もする。 評価は課長から下は課長と部長が、課長については部長と助役が行い、最終的には私が全て見ます。 これは一般職だけではなく、市立病院の医師なども村象です。 とくに医師の場合には、独自の評価表をつくりました。まず自己評価する。それにプラスして医師なら、看護師からの評価と患者さんたちの評価(アンケートなど)、それと稼働率などを勘案して評価します。これでボーナスに差がつきますし、昇格にも関係してきます。本人開示もやっています。ここまでやっているところは、あまりないと思います。 病院の評価表は、いろいろと工夫がされているんです。例えば自己評価のところでは、「朝あいさつをしますか」とか「患者をどなりつけたことがありますか」とか「休暇を取るときにはきちんと手続きをしていますか」といった、かなり具体的な項目をあげています。これらは当たり前の話なんですが、これまであまりきちんとやられていなかったことでもあるんです。 医師の場合どちらかというと、大学の医局の人事で動いている面がありますから、市立病院に来ても公務員であるという自覚が薄く、しかも病院のタテ系列のなかでしか意識が動かないという場合が少なくないのです。稲城市の場合、一つくらいの大学から医師が来るのですが、内科ならどこ系、外科ならどこ系とほぼ決まっているので、結局その系列のなかでしか考えないようになりがちなんですね。市立病院の医師なんだという自覚が薄いことから、いろいろなトラブルにもなります。 ですから、こうした人事評価が病院の内部改革にも役立っているし、医療サービスのレベルを上げることにもつながっていると思います。ただこうしたものには、完璧ということはありませんから、つねに誤差を修正しながらやっていかなければならないと思っています。 こうしたこととあわせて、提案制度の導入や永年勤続表彰の改革を行いました。永年勤続表彰というのはこれまで、10年、20年、30年と3回やっていたんです。私としては、本当は全部廃止したかったんですが、25年目に一度だけということにしました。じつは永年勤続表彰には、特別昇給が伴うので、3回やれば3回、自動的に昇給するんです。そういう年功序列的なことはもう止めよう、努力した人が報われるようなシステムにしようということです。 ただしこういうことをしたからといって、金額面でそれほど大きな人件費削減になるわけではありません。しかし職員の意識改革という面では、意味のあることだと思います。 現行の公務員制度では、努力してもしなくてもまったく同じ、横並びです。 私は、評価の悪い職員には定期昇給もしませんが、多くの自治体ではそういう職員も自動的に昇給していく仕組みです。昇格は試験などもありますが、給与体系のベースの部分は、何もしなくても自動的に上がっていくというのが現在の公務員制度なんです。こういう不合理な部分は、やはり変えていかなくてはだめです。 |
透明性なしに、自治体に対する信頼は生まれない
| 「透明性」については、例えば我孫子の福嶋市長が最初にやったことですが、稲城市でも2年前から、職員採用にあたって外部の、民間で採用経験のある方にも一緒に面接してもらっています。当然、コネなどはいっさい排して、試験の点数と面接官の協議とで決めています。コネ採用の見返りをもらって逮捕されるという首長もいるわけですから、こういう点は率先して改めていかなければならないと思います。
ある面、自分たちの手足をしばる(裁量権が制約される)ことにもなりますが、こういう透明さや公平さをきちんとしていかないと、自治体は信頼されないと思います。 また昨年から入札等管理委員会を設けて、入札に関わる書類はすべて出しました。また指名入札の場合には、どういう基準で指名したかを管理委員会に報告します。管理委員会は、大学教授でかつ公認会計士の方、弁護士の方、東京都職員OBの方の3名にお願いして、チェックしてもらうとともに、いろいろな提言をしてもらっています。 また私は東日本の首長としては一番最初に、資産公開をしました。国の資産公開では、普通預金は公開対象になっていませんが、それも含めて1万円以上の入金はすべて公開しました。これも条例化して、何か問題があったときには審議会をもうけることして、年に1回公開しています。 競争性ということでは、まず入札についてはなるべく一般競争入札にしています。 自分でやっていて実感しますが、首長というのは大変な権限をもっているわけで、悪用しようと思えばいくらでもできるわけです。ですからこれは個人がいかに律するかというだけではなく、制度として歯止めをかけていく、首長の権限行使についてできるかぎりルール化していくことが必要だと思います。 職員の面接もそうですし、入札等管理委員会などもそうですが、そういうことをやっていかないと、いくら「地方分権だ」、「財源を委譲しろ」といっても、それなら自治体はどれだけ透明性、公平性をもってやっているのかということになるわけです。首都圏でも、あちこちで首長が口利きで逮捕されています。これでは自治体は信頼されません。 |
首長に求められる自治体経営の能力、資質とは
| −四月には統一地方選挙が行われます。どのような観点から首長を選んでいくか、ご自身の経験も含めて伺います。
石川 首長の資質ということでは、やはりリーダーシップが大事だと思います。 首長がどういう考え方をもっているかで、行政の方向は大きく変わってきます。 権限も大変大きいですから、首長がどういう考えで市政運営をしていくかがきわめて大事です。 もうひとつは、財政手腕だと思います。 「自治」といっても実際には、補助金などによってやっていかなければならないところがたくさんあるわけで、そういうものをうまく活用する能力も必要ですし、もちろん無駄を省く能力も必要です。 行政評価ということも必要でしょう。 ただ私は実際にやってみて、行政評価というのは説明責任としてはひとつの資料にはなりますが、稲城市くらいの規模−一般会計で約二五○億円−なら、ある程度自分で全体を把握できるんですね。数値化したからといって、それが本当に公平な評価になるのか。それよりも、首長自身がどうきちんと評価、判断しているのかということだと思います。 「何が無駄なのか」ということは、最終的には質の違うものを比べて判断しなければならないわけです。建設のなかで何が無駄か、福祉の中で何が無駄かというのは、数値化して比べて判断できますが、最終的には、建設と福祉どちらをカットするかという判断をしなければならない。これは、リーダーの考え方が問われるわけです。そういう意味でも首長には、財政手腕とリーダーシップが問われると思います。 私は四月の選挙に当選すれば四期目になるわけで、当然、多選批判があると思います。ただ行財政運営能力は、経験に応じて確実に蓄積されるものですから、多選の弊害だけではなくプラス面−経験に応じた能力の蓄積−も見てもらいたいと思います。 また首長の資質として大事なのは、今の時代、税金だけですべてのことを見るということはできませんから、市民といっしょに、市民の力を借りながら市政を運営していくという姿勢だと思います。 日本人はこれまで、税金の使われかたにはあまり関心をもってこなかったし、逆に何でも税金でやってくれるという感覚が強いですから、いかに税金をきちんと使っているか情報公開し、同時に税金だけではできないことについて、市民といっしょにやっていくということが求められます。 こういうことがまさに自治の力であり、それが伸びないところでは、旧来型のバラマキ行政のようなものが続くでしょう。協働型が伸びていけばそれだけ、地域の自治力も高まっていくわけです。 ゴミの問題などは典型的だと思います。ゴミの収集は市のサービスであり、市民がもっとも便利にするのが当然だという自治体と、もうゴミの問題はリサイクルや減量など、市民にも自制が求められるのは当然で、そういう問題を市民とともに考えていくという自治体とではずいぶん違ってきます。 私は、ゴミをいつでも好きなように出せる、そういう利便性を重視するやり方は決していいとは思いません。市民の側にも協力してもらって、リサイクルや減量に取り組むべきだと思います。そういう自治体のほうが、自治力は高まっていきます。稲城市のルールも行政が勝手に作ったものではなく、市民と協議を重ねてつくったものです。 また首長にはやはり、清潔さが求められるでしょうね。お金の面、人間関係の面、どちらもですが。 |
首長に問われる、自治体の現実を直視できるだけの責任意識
| 首長(あるいは候補の)財政手腕の見定め方ですが、基本はまずあまり楽観的に見ないことだと思います。「なんとかなる」とか「自分の責任じゃない、前任者のやったことだ」という言い訳が出てきがちですから。今ある現実の数字をリアルに見ているかどうか、ここが大事だと思います。
例えば稲城市では幸いそういうことにはなっていないのですが、多くの自治体では土地開発公社が「塩漬け」の土地を抱え込んで、その借金が利子分だけでも相当な額になっています。これをどうするのか。そのまま抱え込むのか、処分してしまうのか、いつかまた根上がりするからとじっと待っているのか。 こういう問題について、どれだけきちんと実態を開示しているか。そして、この問題をどうしようとしているのか、市民の側から聞いてみることです。土地開発公社がどれだけ土地をもっていて、何億の借財があるのか、それをどうするつもりなのかと。 あるいは積立金がいくらあるのか。またその町の発展的な要素は何か、それによってペイできる借金なのかとか。こういう点は家計と考え方はあまり変わらないと思います。要は首長が自分の責任でどうしようとしているのか、です。有権者からそれを問えばよいと思います。 多くの自治体では数年後に、いわゆる団塊の世代が大量に退職期を迎えます。 ところが退職金基金が十分に準備されている自治体は少ないんです。こうした問題について、どうするのか聞いてみるのもよいでしょう。 「いや、それは私が作ったものではないので…」、「前任者までのことで…」と言っているようでは、だめですね。誰が作ったものであれ、今あるところからしか始まらないわけですから。職員だって、全部入れ替えるわけにはいかない。首長には、今ある現実をどうするのか、だけが問われるのですから。これは政権交代の場合も同じだと思います。 最初は、とにかく節約することだと思いますね。とくに厳しい財政状況にある自治体は。政治家もそうですが、首長もやはり「いいこと」を言いたいわけです。だから「削る」話と同時に、「いい話」、「新しいこと」をくっつけたがるんです。○○を削ります、ということと一緒に、だから□□をやりますと。 しかし私は、最初は徹底的に削る話をすべきだと思います。徹底的に削ってはじめて、次のことができるんです。徹底的に削るという人は、いい行財政運営ができると思います。なんと言っても嫌われますからね。 先ほど家計と同じという話をしましたが、家計と違うのは、首長はやはり「いい顔」をしたいわけです。職員にも嫌われたくない。でもそれだと、どんどん甘くなっていくんです。だから逆に「いい顔」をしない人は、優れた行財政運営ができると思います。 徹底して削っていけば、そのなかで財源はできてくるんです。そうしたら「いいこと」をやればいいんです。お金の使い方を考えるのは、そんなに大変なことではないんですから。はじめから「いいこと」を掲げると、どうしてもそちらのほうに力点が移ってしまうわけです。そうすると、削るほうも甘くなります。 あと公約についてですが、もちろん守らなければいけないのは当然で、どこまでできたかを、自分でもきちんと自己評価できるようなものでなければならないと思います。ただ、「3割打者」のような考え方もあってもいいかなとも思うんです。 どういうことかというと、例えば公約を10項目掲げたとします。そのうち3つか4つは必ず実現しますと。当然、難しいところから着手していきます。でも100パーセント実現できなかったからといって、それだけで非難しないでください。しかし必ず3割か4割は実現しますと。こういう公約の考え方があってもいいのではないかと思うんです。 逆に「できること」だけを掲げたものになってしまうと、非常に消極的になってしまいます。現職がこれでは、なかなか市政は発展しないし、逆に若い新人が無理な公約を掲げて当選して、それにしばられて市政が空回りしてしまう、という例もあります。 公約を守るのは当然ですが、「3割打者」のような考え方の幅をもたせてもいいのではないでしょうか。そのなかに本当に難しい、しかし避けて通れない課題を掲げているか、それにきちんと取り組んでいるか。ここをしっかり、有権者には見ていただきたいと思います。 |
03年2月7日。聞き手/戸田政康、百津美知子。 タイトル、小見出しとも編集部。『日本再生』二八七号所収。
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